Q1.低学年におけるわかち書きは、いつまで行う方針をとっていますか?
Q2. 各学年下巻第3単元は「メディア単元」となっていますが、この単元のねらいをくわしく教えてください。特に、国語の学習としての位置づけは、どのように考えたらよいのでしょうか。
Q3. 4年生の「手で食べる、はしで食べる」の本文中で、「食べるとき」「食べる時」と表記が異なっている場合があります。「食事をしているところ」「はしでごはんを食べる所」も同様です。漢字で表記する場合と、かなで表記する場合と、何か基準をもうけているのでしょうか。また、ほかにも同じような例があったら教えてください。
Q4. 説明文の文章は、教科書のために書き下ろしたものなのでしょうか、それとも既存の作品に手を加えているのでしょうか。
| Q1. |
低学年におけるわかち書きは、いつまで行う方針をとっていますか? |
わかち書きとは、あくまで「読み」の訓練および助けとなるように用いられている手法で、書く場合に用いる手法ではありません。以下、参考までに提示いたします。
「低学年用の文章は、かなが主体となっており、漢字が少ないために、普通の書き方を用いれば非常に読みにくいということが、わかち書きを行う第一の理由である。さらに、こどもの理解能力が増してくれば、文法上の規則を理解させるのにも役だつであろう。今後、かなの印字機械が多く用いられれば、読みやすくするためには、わかち書きがどうしても必要になることを考えに入れておきたい。(中略)
さらに、一つの例をあげよう。
よしこのほんをよもう。
これを「よし、この本を……」と読むか、「よし子(人名)の本を……」と読むか、このままではわからない。この例文は「よし、この……」と句読点をうてば解決するにしても、句読点のうちにくい場合も少なくない。
かれがきたときいた。は、どうであろう。「かれが来たと聞いた」のつもりで書いても、「かれが来た時居た」と読まれるおそれが多分にある。
かれが きたと きいた
かれが きた とき いた
のように、わかち書きを用いれば読み誤りはない。
これらの理由から、わかち書きの必要は了解できよう。」 (『ことばのしるべ』学校図書 より引用)
| Q2. |
各学年下巻第3単元は「メディア単元」となっていますが、この単元のねらいをくわしく教えてください。特に、国語の学習としての位置づけは、どのように考えたらよいのでしょうか。 |
一言で言えば、国語科で得た「話す・聞く力」「書く力」「読む力」「言葉の運用力」のすべてないしいくつかを組み合わせ、「思考力・判断力・表現力」を育てることをねらった学習材です。作品や発表等がうまくできたかどうかということよりも、児童がそれぞれの個性を生かし、言葉を通して「思考力・判断力・表現力」をどう発揮していたかを認め、その力の伸長を図っていただきたいと願っています。
| Q3. |
4年生の「手で食べる、はしで食べる」の本文中で、「食べるとき」「食べる時」と表記が異なっている場合があります。「食事をしているところ」「はしでごはんを食べる所」も同様です。漢字で表記する場合と、かなで表記する場合と、何か基準をもうけているのでしょうか。また、ほかにも同じような例があったら教えてください。 |
学校図書の小学校国語では、以下の要領で漢字とかなを使い分けています。
「とき」と「時」の使い分けは、「場合」という言い換えが可能な表現の場合は「とき」とかな表記をし、「時間」「時点」を示す用法の場合は「時」と漢字表記をしています。これは、時間・時点を特定する意味が強いものと、必ずしも時間・時点を特定しているわけではないものとを使い分けているのです。
「所」についても同様で、部分や場所を特定する場合は「所」と漢字表記します。
また、「よく考えてみたところ、間違いに気がつきました。」など、部分や場所を特定しない用法の場合は「ところ」とかな表記をしています。
これは、「使い分けなければ間違いである」ということを主張しているものではありません。あくまで言葉を用いた時の見え方や意味の伝わり方に配慮したものです。こんなところから、言葉や言葉の使い方に対する感覚が養われることも願っています。
| Q4. |
説明文の文章は、教科書のために書き下ろしたものなのでしょうか、それとも既存の作品に手を加えているのでしょうか。 |
説明文については、ほとんどの作品は書き下ろしになっています。その理由としては、
(1) 既存の文章は往々にして長文であり、既存の文章のままでは教科書に掲載するには分量的に多くなってしまう。
(2) 文章の構造など、必ずしも教科書のねらいと一致しないものが多い。
などがあげられます。
したがいまして、大抵は筆者にお願いをして、既存の文章を教科書のねらいに沿った文章構造に改めていただいたり、既存の文章の題材をそのままに、新しく文章を書き起こしていただいたりすることになります。ですから、教科書の説明文については、教科書以外では読むことのできない、宝物のような作品であるといえるでしょう。
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